今では道交法違反になってしまうが、自閉症の息子が小5になるまでは自転車の後ろに乗せていた。ある日、私だけ自転車を降りたら、息子の体重で自転車の前輪部分が跳ね上がるウィリー状態になり、危うく息子を車道に落とすところだった。以来、二人乗りを断念し、息子を歩かせて私が自転車で追いかける方式にした。
息子を出発させて戸締りをし、自転車で追いかけ駅でつかまえる。上手くいくはずだったが、これがすれ違い続きだった。予想以上に息子が歩くのが早く、また私が駅の自転車置き場でもたついてしまう。さらに、こだわりが強く同じパターンを好むはずの息子がなぜか気分で道順を変えるのである。そして最初こそ駅で待っていてくれたのだが、元来待つことが嫌いでじっとしていられない息子は一人で電車に乗ってしまうようになった。それでも駅改札でウロウロして待っていてくれたのだが…
中1の頃、なんと一人でバスに乗り換えた。しかしバスの路線が違う。なぜそれがわかったかというと、用心のために小型GPSを持たせていたからだ(息子は電話することはできない)。そこでタクシーをつかまえて、携帯に表示されるGPSの地図を見せ、「この動く点を追ってください」とお願いした。まるで昭和の刑事ドラマのように。
驚いたことに運転手さんはノリノリで前のめりとなり「かしこまりました」と引き受けてくれた。その上「あのバスじゃないでしょうか?」と特定までしてくれた。しかしなかなか追いつけない。
とあるバス停でやっと追いつき、「息子さん探してきてください」と運転手さんが言う。私はタクシーを降りてバスに駆け込み、「すみません、息子が乗ってると思うんですが!」と聞いた。バスの運転手さんは息子に気づいてないようで「探してみてください」と言った。時間をかけたら他の乗客に迷惑がかかる。視線が集まる中、私は息子の名前を叫ぶしかなかった。
はたして一瞬の静寂の後、学校帰りで制服姿だった息子がぴょこんと座席から立ち上がった。安堵で体から力が抜け、恥ずかしさで顔から火が出た。幸い運賃は払っていたようなので「お騒がせしました」と頭を下げて、息子の手を引っ張りバスから降ろした。息子も一人で乗ってしまったことに緊張して静かにしていたらしく、誰も重度の自閉症児が乗っていると気づいていなかったようだ。
待っていたタクシーに乗せ、本来の目的地である障害者歯科に向かう。「いやーよかったですねえ」と声をかけてくれる運転手さんに涙目で何度もお礼を言った。息子に怒る気力などなかった。
二十年近く前のことだが、制服の息子が立ち上がった姿は今もまぶたに浮かぶ。あの運転手さんはお元気にされているだろうか。カーチェイスの節はお世話になりました。
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