WEBライターのお仕事は、自分を別人格に見立てて書くことすらある、と第一回に書いた。
例えばターゲットとなる読者が30代女性だとしたら、私はライターを始めた時点ですでに上の世代だったが、人生の先輩のような目線には立たなかった。
30代女性が読んでどんな風に感じるのか、文章のトーン、展開や結論はもとより、ここはカタカナ語を使ったほうがよいのか、漢字がよいのか、まで悩みつつ書いていた。
今はAIに尋ねたら適切な答えをくれるのだろうか。当時は、その世代向けの雑誌やメディアを読んでトーンや語彙を学んだりもした。かといって、オシャレな文体をまねたり、使い慣れぬカタカナを多用するのも不自然だ。
参考にしつつも自分が今30代なら、どんな文章に共感するかを想像した。マーケティングで具体的に想定した読者像を「ペルソナ」と呼ぶのだと仕事上で教わったのだが、心理学の用語ではペルソナは「仮面」を表す。
ライターとしての私は読者と自分を同一化した、別人格の「仮面」をかぶる習慣をつけた。それは、重度の自閉症である息子の育児にもいつしか反映されていた気がする。
息子は6歳で自閉症と診断された。
発達の遅れは2歳ごろから明らかで自分なりに勉強していたが、なんせ母親としても初心者なのだ。自分の子ども時代とも知ってる子どもとも全く違う息子にどう対処してよいかわからず、周囲の誰も正解を持っていなかった。当時発達障害の育児本はほぼなく、専門家すら足りない。療育でアドバイスをもらっていたが、母としての接し方は私自身が見つけなければならなかった。息子にターゲットを合わせたペルソナ=仮面にたどり着いたのはいつ頃だったろう。
「5歳程度の知能なのだから5歳児に接するようにしてみよう」と思ったのだから、息子が10~12歳ぐらいか。ライターを始めた時期とも重なるが、それまでは長い試行錯誤を繰り返していた。
息子は声にこだわりがあり、声のトーンや口調で人の好き嫌いも決めていた。
ペルソナの参考イメージは「(息子に好かれる)幼稚園の先生」だ。私の声は若干低めなので1トーン高くし、かつ柔らかな抑揚をつけるようにした。
褒めるときはより印象に残るように表情も大げさにする。叱ったり制止したりもどうしてもしなくてはならないからだ。そして大事なポイントは、何もしでかしていないときに盛大に褒めまくること。「否定より肯定」が鉄則だ。
これらは高齢の親の介護にも意外と応用が効く。もちろん若干のキャラ調整は必要だ。
息子の反応は、はたして上々であった。
最初こそ訝しげだったが、緊張状態から笑顔を引き出せることも多々あった。
息子が思春期~大人になってからも、私はそのペルソナを演じ続けている。
もちろん年相応に大人として接するべきという考えもわかる。それに実は人前ではすごく恥ずかしい。
でも憑依すると周りの視線は消える。息子が喜ぶなら、シロクマになりきって宙を泳ぐこともできるし「わあBlueくん、えらーい!お注射がんばれてめちゃくちゃかっこいいよ!」とこの前も施設で褒めまくってきたばかり。
いつか息子に「お母さんってバカみたい」と言われたらやめようかな。
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